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山本美芽のフュージョン・ダイアリー

音楽ライター山本美芽によるジャズとフュージョンについての取材日記です。

塩谷哲@東京文化会館小ホール 2010年7月10日

アフリカより帰還直後

ジャズのトリオからポップスの伴奏から楽曲提供まで、多方面で活躍中の塩谷"SALT"哲さん。この6月・7月は、ヨーロッパツアーからアフリカにかけてツアーをしていたんですね! コンサートの直前にマネージャーさんに連絡をとってみると、まだ帰国したばかりで時差ボケが抜けていないぐらいだとか。

塩谷哲さんのブログを見ると、ドイツ、イタリア、フランス、エジプト、チェコ、スペイン、コンゴと南アフリカまで、AGA-SHIOという上妻宏光さんとのデュオでツアーだったんですね。

クラシックの殿堂でのソロ・リサイタル

コンゴのコンサートでは、充分なコンディションのピアノがなかったみたいで、ピアノの弦がところどころなかった…みたいな状況だったとか。そこから帰ってきて、いきなり東京文化会館という素晴らしい音響のパーフェクトなスタインウェイのフルコンで、ピアノソロ! 差が大きすぎですね。そのせいか、とにかく、ピアニッシモの響きをとても楽しんで弾いていました。きらきらと輝く音、やさしい音、東京文化会館の5階分ぶち抜きぐらいの高い高い天井に、ふわ〜っと広がっていきます。

SALTさんのように多方面で活躍している場合、ピアニッシモで弾きたくても、他の楽器に音が埋もれてしまうために難しいことが多いかも。どんなに小さく弾いても大丈夫なのは、やっぱりソロならでは。

演奏曲目は事前に決まっていなかったようですが、終演後にロビーに張り出していたのをメモしてきました。

クラシックの組曲「工場長の小さな憂鬱」

第1部

1.Morning Bliss
2.Do You Still Care?
3.la pluie
4.組曲「工場長の小さな憂鬱」より
  I  純白の野心
II 森に棲む妖精達のラベル貼り
? かそけきものたちの声
IV 慈愛
? うつつと夢
? ニンフの囁き
? 彩られる明日へ

この「工場長の小さな憂鬱」を弾くために、このホールをとったのかな、と思いましたね。第2曲の妖精たちの曲なんて、すごくラヴェルっぽいですから。いやあ、指さばきも音色の陰影もタッチの濃淡も、生き生きとしたリズム感も、とにかく素晴らしい。

欲をいえば、もっとSALT風にしてほしいと個人的には思うんですが、味付けを濃くできないぐらいラヴェル風が好きってことなのかな。しかしジャズの人でも現代音楽の人でも、ここまでフランス物ちっくな新作を作っちゃう人って珍しいと思うんですよね。

あり得ないぐらい魅力的な「インヴェンション」

第2部
1.「2つのメヌエット」 BWV Anh.114 & BWV Anh.115 (J.S.Bach)
2.「インヴェンション」より第1番 BWV772 (J.S.Bach)

このインヴェンションの1番が、音がきれいで生き生きとしていて、これがインヴェンションの1番ですか!? と驚愕。こんなにいい曲でしたっけ!? どうしてこんなことに!? 元気な音の小人さんたちがふたり、優雅に踊っているかのよう。タッチがよくてリズム感がいいと、こういうことが起きるんでしょうかねぇ…。普通に1番を弾いたあとに、即興になっていきましたが、テーマのインヴェンション部分が私は一番感動的でした。


3.佐渡おけさ

これはAGA-SHIOで、上妻さんの三味線とデュオで演奏した曲だそうです。おしゃれなジャズになっていました。もっと泥臭いアプローチで、エネルギッシュな弾き方でやってみても、SALTさんならそれが逆にカッコいいんじゃないかなあ?

4.Yesterday
5.Delicious Breeze

6.Someday My Prince Will Come
スタンダードジャズ。まるでビル・エヴァンスのように、軽やかで詩的で、夢見るような…。東京文化会館でこういう演奏を聴くのも、いいですねぇ〜。

インプロヴァイザーとしての面目躍如!!

7.即興演奏「アフリカのコーラス隊」
8.Spanish Waltz

即興演奏というからには、ジャズっぽいソロが15分ぐらいえんえんと続くのだろうと思いきや、すごくシンプルでメロディがしっかりしていて、短めにまとまっていて、普通の曲みたいだったのでびっくりしました。この日いちばんよかったのが、この即興演奏かも。とうのは、他の曲は、わりときちんと譜面があって、それを一生懸命演奏していらっしゃるようなところがちょっとだけですが、あったんですね。しかし、この即興演奏は、まだ色あせないアフリカでの記憶が、脳から指にそのままダイレクトに来ている感じがありました。

やはり、SALTさんが東京文化会館でやるならば、ソロのコンサートまるまる即興演奏でもいいんじゃないでしょうか。それこそ、キース・ジャレットばりに。これだけの音色やリズム感の素晴らしさ、アイデアをそのまま音にする反射神経、そしてメロディの良さ、アレンジャーとしてのバランス感覚。ここまで条件がそろったんですから、やらないのはもったいない!!!!

ブラームスの練習曲を使用中

終演後にSALTさんに少しだけお話をうかがう時間があったので、「また一段とピアノが上達されましたね〜。今はどういう練習をされているんですか」と質問したところ、「チェルニー30番は、まだやってますよ。あとは、ブラームスの51の練習曲も」とおっしゃっていました。

「21世紀のチェルニー」のために取材したのはもう10年近く前なんですけど、まだチェルニーをやっていらっしゃる。いや〜すごい。以前に聴いたときよりも、確実にピアノそのものがうまくなってるのがすごい。40歳を過ぎたら、下降線をくだるピアニストだって少なくないのに。

この日のSALTさんみたいに、頭で思っていることがスムーズに表現できている様子って、ほんとに聴いていてすっきりして気持ちがいいです。

そして、SALTさんは、ジャズだけでなく、クラシックが本当にお好きなんだなということが伝わってくるコンサートでした。ムジカノーヴァでも「ソロ・ソルト」発売のときはとりあげていたけれど、もっともっと、SALTさんの演奏をクラシックファンに聴いてほしいです。

ソロ・ピアノ=ソロ・ソルト
ソロ・ピアノ=ソロ・ソルト
塩谷哲