2020年2月、チック・コリアさんが亡くなりました。
チックさんはフュージョンの父といってもいい方です。日本のフュージョン系ミュージシャンは皆、チックさんが好きな人が多い。
そして小曽根真、上原ひろみといったジャズミュージシャンもチックさんとの交流は深く、日本のジャズとフュージョンの両方において源流となる大きな存在でした。
私はチックさんの作品は、エレクトリックバンドそしてアコースティックバンドが長年好きで聴いていました。ジョン・パティトゥッチ(b)、デイブ・ウェックル(ds)とのコラボが大好きで。
音楽ライターになってからは、90年代に「オリジン」のツアーで来日したときにいちどインタビューもさせていただきました。
小曽根さんとのインタビューでもチックさんの話はよく出てきました。個人的な見解ですが、小曽根さんがクラシックを弾くようになったきっかけとして、チックさんがモーツァルトを弾いていたことが少なからず影響していたと思います。
いま私自身がチックさんのアルバムを振り返って聴き直したいなと思うのは、若い頃の『ナウ・ヒー・シングス、ナウ・ヒー・ソブス』のようなストレートアヘッドなピアノトリオ。昔はよさがよくわからなかったのですが、いま聴くと、トラディショナルな形にはまっているようでいてタッチやリズムなどのあちこちにチックさんらしさがにじみ出ているのが面白い。
そして、2020年にリリースした『プレイズ」をはじめとするソロピアノの作品が最近とても面白いです。チックさんはバルトークの影響を受けていて、『ポートレイツ』では「14のバガテル」を弾いています。楽譜はこちら
IMSLP42554-PMLP03090-Bartok-BagatellesOp6.pdf
楽譜を見ながら聴くと、原曲を大切にしながら即興を入れてふくらませていて、でも、楽譜を見ないとどこが即興なのかわからないような自然さです。「チルドレンズ・ソング」はチックさんがバルトークの影響を受けて書いたピアノソロ曲集で、『ポートレイツ』でも弾いていますが、これ、面白い。バルトークっぽいリズムの強さ、左手と右手がそれぞれ歌になっているくっきりとした構造。後は何だろうな…まだちょっと私のなかで消化しきれていないけれど、じわじわと味わってます。
バルトークのピアノ曲はクラシックでもあり、ジャズの元祖でもあります。モードやオスティナート、変拍子、踊りのリズム。20世紀以降のジャズとロックにつらなる要素がてんこもりですから。そこからチックさんの音楽が影響されているというのがとても興味深い。
「14のバガテル」と「チルドレンズ・ソング」は、簡単ではないけれど、長大で難解というものではないので、子どもたちのレッスンで使える可能性もあるし、まず私自身が取り組んでみたいと思っています。
チックさんは、エレクトリックとアコースティック、ジャズとクラシック、ロック、民族音楽と現代音楽、伝統的なものと前衛的なもの、ソロピアノとコンボ編成、若い人の発掘と同世代とのコラボと上の世代のレジェンドとの共演、相対するものをどちらも面白がって自分のものにして、それがどれも作品として残るレベルを達成していました。そういう意味で天才のなかの天才であったと思っています。
チックさんの世界の全貌を概観するだけでもまだまだ時間がかかりそうです。
たった1回の取材でしたが、チックさんのお人柄の素晴らしさにふれたことは強く印象に残っています。まず、当時、私は月刊ショパンで仕事をしていましたが、チックさんが雑誌の名前を知っていたかどうかは疑問です。それでも快く取材のお時間をとっていただきました。20代の駆け出しライターだった私の質問にも本当に真摯に応えてくださって。写真も一緒に撮ってくださいました。つねにオープンな姿勢で、誰に対しても態度を変えない。
当たり前なのかもしれませんが、それまで私が接してきた「偉い人」、たとえば大学の先生方は、気難しかったり、あれもダメこれもダメと保守的な姿勢、学生にはぞんざいな態度をとる方もいらっしゃいました。
偉い人というのはそんなものかと思っていたのですが、その感じとチックさんはあまりに違います。チックさんは若手とのコラボもどんどんされていますし。まあ、昭和生まれの日本の組織でやってきた古い考え方とアメリカ人のジャズミュージシャンでは違うのは当たり前なのですけれど、20代の私には衝撃でした。
もちろんチックさんに会う前も、たくさん日本人ミュージシャンにはインタビューしていて、基本的にみなさんチックさんと同じスタンスでした。でも「この方が気さくだからなのかな」という疑問が拭えずにいたのです。でもチックさんに会って、そうじゃないことをはっきり確信しました。
チックさんのようでなければダメというわけではありませんが、チックさんのハッとするお話、音楽、お人柄に触れたことは私の中で大きな出来事でした。
チックさんは取材でルールNo.1のお話をして下さいましたが、それについては、また別の機会に。
あれがダメ、これがダメと固まり切って偉そうにしていたら、新しく生き生きした音楽なんて生まれない。
チックさんがあらゆるジャンルの人と、スムーズに共同作業をしながらクリエイティブな作品をつくっていたことを考えると、今改めて、納得がいきます。
チックさんからは、音楽はもちろんですが、クリエイターとしてのフラットで自由、謙虚なコミュニケーション姿勢みたいなものも学ばせてもらった気がします。
心からの感謝を込めて。
チックさん、ゆっくりとお休みください。
クリスタル・サイレンス
- ゲイリー・バートン & チック・コリア
- ジャズ
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